其多くは死ぬるのである。農も死なゝければならぬ場合はある。然し其《それ》は軽々《かるがる》しく断ずべき事ではない。一は田中正造翁に面識《めんしき》なく谷中村《やなかむら》を見ないからでもあろうが、余は従来《じゅうらい》谷中村民のあまり執念深いのを寧ろ気障《きざ》に思うて居た。六年の田舎住居、多少は百姓の真似《まね》もして見て、土に対する農の心理の幾分を解《げ》しはじめて見ると、余は否《いや》でも曩昔《むかし》の非《ひ》を認《みと》めずには居られぬ。即ち千歳村の墓地問題の如きも、京王電鉄会社や大地主等にとっては利益問題だが、純農者にとっては取りも直さぬ死活問題であるのだ。
然るに京王電鉄は、一方|先棒《さきぼう》の村内有力者某々等をして頗る猛烈に運動せしむると共に、一方田夫野人何事をか仕出来《しでか》さんと高《たか》を括《くく》って高圧的《こうあつてき》手段《しゅだん》に出た。即ち関係地主の過半数は反対であるにも関せず、会社は村長の奥印《おくいん》をもって東京府庁に宛《あ》てゝ墓地新設予定地御臨検願を出して了う。霊場敷地展望台を畑の真中《まんなか》に持て来て建てる。果ては、云う事を聴か
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