貴はまだ可《よ》いが、中には小作地が不足して住み馴《な》れた村にも住めなくなり、東京に流れ込んだり、悪くすると法律の罪人《ざいにん》が出来たりする。それから寺院墓地は免租地《めんそち》だから、結局村税の負担が増加する。何も千歳村の活気ある耕地を潰《つぶ》さず共、電車で五分間乃至十分も西に走れば、適当の山林地などが沢山あって、其《その》辺《へん》の者は墓地を歓迎して居る。其方《そち》へ行《い》けばよいじゃないか。反対の理由は、ざっと右の通りだ。尤も中に多少の魂胆《こんたん》もあろうが、大部分は本当に土に生き土に死ぬ自作農の土に対する愛着からである。変化を喜び刺戟《しげき》に生きる都会人には、土に対する本当の農の執着の意味は中々|解《げ》せない。真《しん》の農にとって、土はたゞの財産ではない、生命《いのち》其のものである。祖先伝来一切の生命の蓄積して居る土は、其|一塊《いっかい》も肉の一片|血《ち》の一滴《いってき》である。農から土を奪《うば》うは、霊魂から肉体を奪うのである。換言すれば死ねと云うのである。農を斯《この》土から彼《かの》土に移すのは、霊魂の宿換《やどがえ》を命ずるのである。
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