此洋服を着て甲州街道で新に買った肥桶を青竹《あおだけ》で担いで帰って来ると、八幡様に寄合をして居た村の衆《しゅう》がドッと笑った。引越後《ひっこしご》間《ま》もなく雪の日に老年の叔母が東京から尋ねて来た。其帰りにあまり路が悪《わる》いので、矢張此洋服で甲州《こうしゅう》街道《かいどう》まで車の後押しをして行くと、小供が見つけてわい/\囃《はや》し立てた。よく笑わるゝ洋服である。此洋服で、鍔広《つばびろ》の麦藁帽をかぶって、塚戸に酢《す》を買いに往ったら、小学校|中《じゅう》の子供が門口に押し合うて不思議な現象を眺めて居た。彼の好物《こうぶつ》の中に、雪花菜汁《おからじる》がある。此洋服着て、味噌漉《みそこし》持って、村の豆腐屋に五厘のおからを買いに往った時は、流石|剛《ごう》の者も髯と眼鏡《めがね》と洋服に対していさゝかきまりが悪かった。引越し当座は、村の者も東京人《とうきょうじん》珍《めず》らしいので、妻なぞ出かけると、女子供《おんなこども》が、
「おっかあ、粕谷の仙ちゃんのお妾《めかけ》の居た家《うち》に越して来た東京のおかみさんが通《とお》るから、出て来て見なァよゥ」
と、すばら
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