には、何様《どん》な役でも身を入れて勤めた。養父《ようふ》も義弟も菊五郎や栄三郎|寧《いっそ》寺島父子になって了《しも》うた堀川の芝居の此猿廻わしの切《きり》にも、菊之助のみは立派《りっぱ》な伝兵衛であった。最早彼は此世に居ない。片市も、菊五郎も居ない。
 夥《おびただ》しい拍手が起った。吾に復《かえ》ると呂昇と昇華が演壇の上に平伏《ひれふ》して居た。

       三

 堀川は十時十五分に終った。外に出ると、雨がぼと/\落ちて居る。雨傘《あまがさ》と、懐中電燈の電池《でんち》を買って、電車で新宿に往った。追分《おいわけ》で下りて、停車場前の陸橋を渡ると、一台居合わした車に乗った。若い車夫はさっさと挽《ひ》き出す。新町を出はなれると、甲州街道は真暗で、四辺《あたり》はひっそりして居た。余程降ったと見えて、道が大分悪い。
「旦那は重うございますね。二十|貫《かん》から御ありでしょう」
「なまけるからね」
「エ、如何《どう》しても体を烈《はげ》しく使《つか》うと、ふとりませんな。私ですか、私は十四貫しかありません」
 車夫は市川の者、両親は果て、郷里の家は兄がもち、自身は今|十二社《じ
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