も、ぽろ/\涙をこぼす日があった。以前の比較的ノンキな東京生活を知って居る娘などが逗留《とうりゅう》に来て見ては、零落《れいらく》と思ったのであろ、台所の隅《すみ》で茶碗を洗いかけてしく/\泣いたものだ。

       二

 主人は新鋭の気に満ちて、零落どころか大得意であった。何よりも先ず宮益《みやます》の興農園から柄《え》の長い作切鍬、手斧鍬《ちょうなぐわ》、ホー、ハァト形のワーレンホー、レーキ、シャヴル、草苅鎌、柴苅鎌《しばかりがま》など百姓の武器と、園芸書類《えんげいしょるい》の六韜三略《りくとうさんりゃく》と、種子と苗《なえ》とを仕入れた。一反五|畝《せ》の内、宅地、杉林、櫟林を除いて正味一反余の耕地には、大麦小麦が一ぱいで、空地《あきち》と云っては畑の中程に瘠《や》せこけた桑樹と枯れ茅《かや》枯れ草の生えたわずか一畝に足らぬ位のものであった。彼は仕事の手はじめに早速其草を除き、重い作切鍬よりも軽いハイカラなワーレンホーで無造作に畝《うね》を作って、原肥無し季節御構いなしの人蔘《にんじん》二十日大根《はつかだいこん》など蒔《ま》くのを、近所の若い者は東京流の百姓は彼様《ああ
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