言通《もんごんどお》り吹けば飛ぶ軽い土が、それ吹くと云えば直ぐ茶褐色の雲を立てゝ舞い込む。彼は前年|蘇士《スエズ》運河の船中で、船房の中まで舞い込む砂あらしに駭いたことがある。武蔵野の土あらしも、やわか劣《おと》る可き。遠方から見れば火事の煙。寄って来る日は、眼鼻口はもとより、押入《おしいれ》、箪笥《たんす》の抽斗《ひきだし》の中まで会釈《えしゃく》もなく舞い込み、歩けば畳に白く足跡がつく。取りも直さず畑が家内《やうち》に引越すのである。
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都をば塵の都と厭《いと》ひしに
田舎も土の田舎なりけり
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あまり吹かれていさゝかヤケになった彼が名歌である。風が吹く、土が飛ぶ、霜が冴《さ》える、水が荒い。四拍子|揃《そろ》って、妻の手足は直ぐ皸《ひび》、霜やけ、あかぎれに飾られる。オリーヴ油《ゆ》やリスリンを塗《ぬ》った位では、血が止まらぬ。主人の足裏《あしうら》も鯊《さめ》の顋《あご》の様に幾重《いくえ》も襞《ひだ》をなして口をあいた。あまり手荒《てあら》い攻撃に、虎伏す野辺までもと跟《つ》いて来た糟糠《そうこう》の御台所《みだいどころ》
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