ければならなかった。彼は一月《ひとつき》ばかりして面白くない此《この》型《かた》ばかりの炉を見捨てた。先家主の大工や他の人に頼み、代々木新町の古道具屋《ふるどうぐや》で建具の古物を追々に二枚三枚と買ってもらい、肥車《こえぐるま》の上荷にして持て来てもろうて、無理やりにはめた。次の六畳の天井は、煤埃《すすほこり》にまみれた古葭簀《ふるよしず》で、腐《くさ》れ屋根から雨が漏《も》ると、黄ろい雫《しずく》がぼて/\畳に落ちた。屋根屋に頼んで一度ならず繕うても、盥《たらい》やバケツ、古新聞、あらん限りの雨うけを畳の上に並べねばならぬ時があった。驚いたのは風である。三本の大きなはりがねで家を樫《かし》の木にしばりつけてあるので、風当《かぜあた》りがひどかろうとは覚悟して居たが、実際吹かれて見て驚いた。西南は右の樫以外一本の木もない吹きはらしなので、南風西風は用捨《ようしゃ》もなくウナリをうってぶつかる。はりがねに縛《しば》られながら、小さな家はおびえる様に身震いする。富士川の瀬を越す舟底の様に床《ゆか》が跳《おど》る。それに樫の直ぐ下まで一面《いちめん》の麦畑《むぎばたけ》である。武蔵野固有の文
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