小児《こども》の肩《かた》を捉《とら》え、女が眼を円《まる》くして見送る。囂々《ごうごう》、機関《きかん》が鳴《な》る。弗々々《ふっふっふっ》、屁《へ》の如く放《ひ》り散《ち》らすガソリンの余煙《よえん》。後《あと》には塵も雲と立とうが、車上の者には何でもない。あたり構わず突進する現代精神を具象《ぐしょう》した車である。但人通りが少ないので、此街道は自動車には理想的な道路と云ってよい。
豪徳寺《ごうとくじ》附近に来ると、自動車は一《ひと》かく入れた馬の如く、決勝点《けっしょうてん》を眼の前に見る走者《そうしゃ》の如く、宛《さ》ながら眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》り、※[#「口+云」、第3水準1−14−87]《うん》と口を結んで、疾風の如く駛《は》せ出した。余は帽子に手を添《そ》えた。麦畑や、地蔵や、眼と口を一緒《いっしょ》にあけた女の顔や、人の声や、眼《め》まぐろしく駈《か》けて来ては後《うしろ》へ飛ぶ。機関の響は心臓の乱拍子《らんぴょうし》、車は一の砲弾《ほうだん》の如く飄《ひゅう》、倏《しゅっ》と唸《うな》って飛ぶ。
「今三十五|哩《まいる》の速力です」
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