と此は不覚《ふかく》、扉《と》がしまって居る。駅夫《えきふ》に聞くと、睡むそうな声して、四時半まではあけぬと云う。まだ二時前である。
電燈ばかり明るくてポンペイの廃墟《はいきょ》の様に寂《さび》しい銀座の通りを歩いて東へ折れ、歌舞伎座前を築地の方へ往った。万年橋の袂《たもと》に黙阿弥の芝居に出て来そうな夜啼《よなき》饂飩《うどん》が居る。夜は丑満《うしみつ》頃《ごろ》で、薄寒くもあり、腹も減《へ》った。
「おい、饂飩を一つくれんか」
「へえ」
灯《ひ》の蔭から六十近い爺《おやじ》が顔を出して一寸余を見たが、直ぐ団扇《うちわ》でばたばたやりはじめた。後の方には車が二台居る。車夫の一人は鼾《いびき》をかいて居る。一人は蹴込《けこみ》に腰を据《す》えて、膝かけを頭からかぶって黙って居る。
「へえ、出来ました」
割箸《わりばし》を添えて爺が手渡す丼《どんぶり》を受取って、一口《ひとくち》啜《すす》ると、腥《なまぐさ》いダシでむかッと来たが、それでも二杯食った。
「おい、もう二つこさえて呉れ」
余は代を払い、「ドウモ御馳走様! おい、旦那が下さるとよ」と車夫が他の一人を呼びさます声を聞き
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