朝から手桶とバケツとを振り分けに担《にの》うて、汐汲《しおく》みならぬ髯男の水汲と出かけた。両手に提げるより幾何《いくら》か優《まし》だが、使い馴れぬ肩と腰が思う様に言う事を聴いてくれぬ。天秤棒に肩を入れ、曳《えい》やっと立てば、腰がフラ/\する。膝はぎくりと折《お》れそうに、体は顛倒《ひっくりかえ》りそうになる。※[#「口+云」、第3水準1−14−87]《うん》と足を踏みしめると、天秤棒が遠慮会釈もなく肩を圧しつけ、五尺何寸其まゝ大地に釘づけの姿だ。思い切って蹌踉《ひょろひょろ》とよろけ出す。十五六歩よろけると、息が詰まる様で、たまりかねて荷《に》を下《お》ろす。尻餅|舂《つ》く様に、捨てる様に下ろす。下ろすのではない、荷が下りるのである。撞《どう》と云うはずみに大切の水がぱっとこぼれる。下ろすのも厄介だが、また担《かつ》ぎ上げるのが骨だ。路の二丁も担いで来ると、雪を欺く霜の朝でも、汗が満身に流れる。鼻息は暴風《あらし》の如く、心臓は早鐘をたゝく様に、脊髄《せきずい》から後頭部にかけ強直症《きょうちょくしょう》にかゝった様に一種異様の熱気《ねつけ》がさす。眼が真暗になる。頭がぐら/\
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