冷水|摩擦《まさつ》をやる。日露戦争の余炎がまださめぬ頃で、面《めん》籠手《こて》かついで朝稽古から帰って来る村の若者が「冷たいでしょう」と挨拶することもあった。摩擦を終って、膚《はだ》を入れ、手桶とバケツとをずンぶり流れに浸して満々《なみなみ》と水を汲み上げると、ぐいと両手に提げて、最初一丁が程は一気に小走りに急いで行く。耐《こら》えかねて下ろす。腰而下の着物はずぶ濡れになって、水は七|分《ぶ》に減って居る。其れから半丁に一休《ひとやすみ》、また半丁に一憩《ひといこい》、家を目がけて幾休みして、やっと勝手に持ち込む頃は、水は六分にも五分にも減って居る。両腕はまさに脱《ぬ》ける様だ。斯くして持ち込まれた水は、細君《さいくん》女中《じょちゅう》によって金漿《きんしょう》玉露《ぎょくろ》と惜《おし》み/\使われる。
余り腕が痛いので、東京に出たついでに、渋谷の道玄坂《どうげんざか》で天秤棒《てんびんぼう》を買って来た。丁度《ちょうど》股引《ももひき》尻《しり》からげ天秤棒を肩にした姿を山路愛山君に見られ、理想を実行すると笑止《しょうし》な顔で笑われた。買って戻《もど》った天秤棒で、早速翌
前へ
次へ
全684ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング