。日比谷から角谷は浅草《あさくさ》に往った。浅草公園の銘酒屋《めいしゅや》に遊んで、田舎出の酌婦《しゃくふ》に貯蓄債券《ちょちくさいけん》をやろうかなどゝ戯談《じょうだん》を云った。彼は製本屋《せいほんや》の職工から浅草、吉原の消息を聞いて居たのである。
 角谷の踪跡《そうせき》は此処《ここ》ではたと絶えた。其れから一週間彼は何処《どこ》を如何《どう》迷うて歩いたか、一切分からぬ。
 十八日の夜八時過ぎ、神戸発新橋行の急行列車が、角谷の主人の居に近い大森で一人の男子を轢《ひ》いた。足は切れ、顔もメチャ/\になって居たが、濃い眉で角谷と分かった。店を出る時白がすりを着て出たが、死骸は紺飛白《こんがすり》を着て居た。百二十円の貯金全部を引出した角谷の蟇口《がまぐち》には、唯一銭五厘しか残って居なかった。死骸は護謨《ごむ》草履《ぞうり》を穿《は》いて居た。護謨草履が欲しい/\と角谷は云って居たのであった。
 彼は久しく死ぬ/\と云って居た。死ぬ/\と云って死ぬ者はないものだ、貯金なぞ精出して死ぬ者があるか、と他の店員が笑うと、死ぬ前には奇麗に使って仕舞《しま》うと角谷は戯談の様に云って居た。
前へ 次へ
全684ページ中440ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング