きぬや
明治四十三年十二月二十六日。
書院前《しょいんまえ》の野梅《やばい》に三輪の花を見つけた。年内に梅花を見るは珍《めず》らしい。霜《しも》に葉を紫《むらさき》に染《そ》めなされた黄寒菊《きかんぎく》と共に、折って小さな銅瓶《どうへい》に插《さ》す。
例年《れいねん》隣家《となり》を頼んだ餅《もち》を今年《ことし》は自家《うち》で舂《つ》くので、懇意《こんい》な車屋夫妻が臼《うす》、杵《きね》、蒸籠《せいろう》、釜《かま》まで荷車《にぐるま》に積んで来て、悉皆《すっかり》舂いてくれた。隣《となり》二軒に大威張《おおいばり》で牡丹餅《ぼたもち》をくばる。肥後流《ひごりゅう》の丸餅《まるもち》を造る。碁石《ごいし》程のおかさねは自分で拵《こさ》えて、鶴子《つるこ》女史《じょし》大得意である。
逗子《ずし》の父母から歳暮《せいぼ》に相模《さがみ》の海の鯛《たい》を薄塩《うすじお》にして送って来た。
同便《どうびん》で来た手紙はがきの中に、思いがけない報知が一つあった。二十二日にとめやのきぬやが面疔《めんちょう》で死んだ、と云う知《しら》せである。
彼女は粕谷草堂夫妻の
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