片隅《かたすみ》に、坊主《ぼうず》になる程|伐《き》られた若木《わかぎ》の塩竈桜《しおがまざくら》であった。昨年次郎さんが出京入学して程なく、次郎さんの阿爺が持って来てくれたのである。其時は満開であった。惜しい事をしたものだ、此花ざかりを移し植えて、無事につくであろうか、枯れはしまいか、と其時は危《あや》ぶんだ。果して枯枝《かれえだ》が大分出来たが、肝腎《かんじん》の命《いのち》は取りとめて、剪《き》り残されの枝にホンの十二三|輪《りん》だが、美しい花をつけたのである。彼はあらためてつく/″\と其花を眺めた。晩桜《おそざくら》と云っても、普賢《ふげん》の豊麗《ほうれい》でなく、墨染《すみぞめ》欝金《うこん》の奇を衒《てら》うでもなく、若々《わかわか》しく清々《すがすが》しい美しい一重《ひとえ》の桜である。次郎さんの魂《たましい》が花に咲いたら、取りも直さず此花が其れなのであろう。
清い、単純な、温《あたた》かな其花を見つめて居ると、次郎さんのニコ/\した地蔵顔《じぞうがお》が花心《かしん》から彼を覗《のぞ》いた様であった。
[#地から3字上げ](明治四十一年)
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