ブルが持ち出される。茶盆《ちゃぼん》で集めた投票《とうひょう》を、咽仏《のどぼとけ》の大きいジャ/\声《ごえ》の仁左衛門さんと、むッつり顔の敬吉《けいきち》さんと立って投票の結果を披露《ひろう》する。彼が組頭の爺さんが、忰《せがれ》は足がわるいから消防長はつとまらぬと辞退するのを、皆が寄ってたかって無理やりに納得《なっとく》さす。
此れで事務はあらかた終った。これからは肝心《かんじん》の飲食《のみくい》となるのだが、新村入《しんむらいり》の彼は引越早々まだ荷も解かぬ始末《しまつ》なので、一座《いちざ》に挨拶し、勝手元に働いて居る若い人|達《だち》に遠《とお》ながら目礼して引揚げた。
*
日ならずして彼は原籍地《げんせきち》肥後国葦北郡水俣から戸籍を東京府北多摩郡千歳村字粕谷に移した。子供の頃、自分は士族だと威張《いば》って居た。戸籍を見れば、平民とある。彼は一時同姓の家に兵隊養子に往って居たので、何時の間にか平民となって居た。それを知らなかったのである。吾れから捨《す》てぬ先《さ》きに、向うからさっさと片づけてもらうのは、魯智深《ろちしん》の髯《ひげ》では
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