あらむしろ》を敷いて、汚《よご》れた莫大小《めりやす》のシャツ一つ着《き》た二十四五の毬栗頭《いがぐりあたま》の坊さんが、ちょこなんと座《すわ》って居る。後《うしろ》に、細君であろ、十八九の引《ひっ》つめに結《ゆ》って筒袖《つつそで》の娘々《むすめむすめ》した婦人が居る。土間には、西洋種の瓢形《ふくべがた》南瓜《かぼちゃ》や、馬鈴薯《じゃがいも》を堆《うずたか》く積んである。奥の壁つきには六字|名号《みょうごう》の幅《ふく》をかけ、御燈明《おとうみょう》の光ちら/\、真鍮《しんちゅう》の金具《かなぐ》がほのかに光って居る。妙《みょう》に胸《むね》が迫《せま》って来た。紙片《しへん》と鉛筆を出して姓名を請うたら、斗満大谷派説教場創立係|世並《よなみ》信常《しんじょう》、と書いてくれた。朝露の間《ま》は子供に書《ほん》を教え、それから日々夫婦で労働して居るそうだ。御骨も折れようが御辛抱《ごしんぼう》なさい、急いで立派な寺なぞ建てないで、と云って別《わかれ》を告げる。戸外《そと》に紫の蝦夷菊《えぞぎく》が咲いて居た。あとで聞けば、坊さんは越後者《えちごもの》なる炭焼小屋の主人《あるじ》が招い
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