ると重たい開墾《かいこん》鍬《ぐわ》がぶらり下ってもはなれなかった話。哀れな話では、十勝から生活のたつきを求めて北見に越ゆる子もちの女が、食物に困って山道に捨子した話。寂しい話では、片山夫人が良人《おっと》の留守中犬を相手に四十日も雪中斗満の一つ家に暮らし、四十日間に見た人間の顔とては唯アイヌが一人通りかゝりに寄ったと云う話。不便な話では、牧場は釧路十勝に跨るので、斗満から十勝の中川郡|本別村《ほんべつむら》の役場までの十余里はまだ可《いい》として、釧路の白糠《しらぬか》村役場までは足寄を経て近道の山越えしても中途露宿して二十五里、はがき一枚の差紙《さしがみ》が来てものこ/\出かけて行かねばならなかった話。珍《ちん》な話ではつい其処の斗満川原で、鶺鴒《せきれい》が鷹の子育てた話。話から話と聞いて居ると、片山君夫婦が妬《ねた》ましくなった。片山君も十年精勤の報酬の一部として、牧場内の土地四十余町歩を分与され、これから関家を辞して自家生活の経理にかゝるのであるが、過去十年関家に尽した創業の労苦の中に得た程の楽は、中々再びし難いかも知れぬ。
九月廿六日。霽《はれ》。
翁の縁戚の青年君塚貢
前へ
次へ
全684ページ中382ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング