村でも戸毎に蚕《かいこ》は飼いながら、蚕室を有つ家は指を屈する程しか無い。板の間に薄べり敷《し》いて、大きな欅の根株《ねっこ》の火鉢が出て居る。十五六人も寄って居た。石山氏が、
「これは今度東京から来《き》されて仲間に入れておもらい申してァと申されます何某《なにがし》さんで」
と紹介《しょうかい》する。其尾について、彼は両手《りょうて》をついて鄭重《ていちょう》にお辞儀《じぎ》をする。皆が一人※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]《ひとりひとり》来ては挨拶する。石山氏の注意で、樽代《たるだい》壱円仲間入のシルシまでに包んだので、皆がかわる/″\みやげの礼《れい》を云う。粕谷は二十六軒しかないから、東京から来て仲間に入《はい》ってくれるのは喜ばしいと云う意を繰り返し諸君が述べる。会衆中で唯《ただ》一人チョン髷《まげ》に結った腫《は》れぼったい瞼《まぶた》をした大きな爺《じい》さんが「これははァ御先生様《ごせんせいさま》」と挨拶した。
 やがてニコ/\笑って居る恵比須顔《えびすがお》の六十|許《ばかり》の爺さんが来た。石山氏は彼を爺さんに紹介して、組頭の浜田さんである
前へ 次へ
全684ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング