の医術はゴマカシではない。此を見てくれとさし出す翁の右手をよく見れば、第三指の尖《さき》が左の方に向って鉤形《かぎなり》に曲って居る。打診《だしん》に精神がこもる証拠だ。乃公《わし》の打診は何処をたゝいても患者の心臓《しんぞう》にピーンと響く、と云うのが翁の自慢である。やがて翁は箱の様なものを抱《かか》えて来た。関家の定紋九曜を刳《く》りぬいた白木の龕《がん》で、あなたが死ぬ時一処に牧場《ぼくじょう》に埋めて牛馬の食う草木を肥やしてくれと遺言した老夫人の白骨は、此中に在るのだ。翁も夫人には一目置いて、婆は自分よりエラかったと口癖の様に云う。それから五郎君の噂が出る。五郎君は翁の末子である。明治三十九年の末から四十年の始にかけ、余は黒潮《こくちょう》と云う手紙代りの小さな雑誌を出したが、其内田舎住居をはじめたので、三号迄も行かぬ二号雑誌に終った。あとを催促の手紙が来た中に、北海道|足寄《あしょろ》郵便局の関五郎と云う人もあって、手紙に添えて黒豆なぞ送って来た。通り一遍の礼状を出したきり、関とも五郎とも忘れて居ると、翌年関又一と云う人から五郎君死去の報が来た。形式的に弔詞は出したが、何れの
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