爺さんの噂《うわさ》をしたら父は少し考えて、待てよ、其は昔関寛斎と云った男じゃないかしらん、長崎で脚疾の治療をしてもらったことがある、中々きかぬ気の男で、松本良順など手古摺《てこず》って居た、と云った。爺さんに聞いたら、果して其は事実であった。其後爺さんは湘南漫遊の砌《みぎり》老父が許《もと》に立寄って、八十八の旧患者は八十一の旧医師と互に白鬚を撫して五十年前崎陽の昔を語ると云う一幕があった。所謂縁は異なものである。
北海道も直ぐ開けて了う、無人境が無くならぬ内遊びに来い遊びに来いと、爺さん頻りに促《うなが》す。彼も一度は爺さんの生活ぶりを見たいと思いながら、何や角と延ばして居る内に、到頭爺さんの住む山中まで汽車が開通して了った。そこで彼は妻、女を連れてあたふた武蔵野から北海道へと遊びに出かけた。
左に掲《かか》ぐるは、訪問記の数節である。
二
「北海道十勝の池田駅で乗換えた汽車は、秋雨寂しい利別川《としべつがわ》の谷を北へ北へまた北へ北へと駛《はし》って、夕の四時|※[#「陸」の「こざと」に代えて「冫」、上巻−289−15]別《りくんべつ》駅に着いた。明治四十三
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