老夫婦は住み馴れた徳島をあとにして、明治三十五年北海道に移住し、老夫婦自ら鍬をとり鎌をとって働いた。二年を出でずして婆さんは亡くなる。牧場主任の四男は日露戦役に出征する。爺さん一人淋しく牛馬と留守の任に当って居たが、其後四男も帰って来たので、寒中は北海道から東京に出て来て、旧知を尋ね、新識を求め、朝に野に若手の者と談話を交換し意見を闘わすを楽の一として居る。読書、旅行と共に、若い者相手の他流試合は、爺さんの道楽である。旅行をするには、風呂敷包一つ。人を訪うには、初対面の者にも紹介状なぞ持っては往かぬ。先日の来訪も、型《かた》の如く突然たるものであった。
爺さんが北海道に帰ってからよこした第一の手紙は、十三行の罫紙《けいし》に蠅頭《じょうとう》の細字で認めた長文の手紙で、農とも読書子ともつかぬ中途半端《ちゅうとはんぱ》な彼の生活を手強く攻撃したものであった。爺さんは年々雁の如く秋は東京に来て春は北に帰った。上京毎にわざ/\来訪して、追々懇意の間柄となった。手ずから採った干薇《ほしわらび》、萩のステッキ、鶉豆《うずらまめ》なぞ、来る毎に持て来てくれた。或時彼は湘南《しょうなん》の老父に此
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