一|反《たん》五|畝《せ》の土と十五坪の草葺のあばら家《や》の主《ぬし》になり得た彼は、正に帝王《ていおう》の気もちで、楽々《らくらく》と足踏み伸ばして寝たのであった。
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     村入

 引越の翌日は、昨日の温和に引易えて、早速《さっそく》田園生活の決心を試すかの様な烈しいからッ風であった。三吉は植木《うえき》を植えて了うて、「到底一年とは辛抱《しんぼう》なさるまい」と女中に囁《ささ》やいて帰って往った。昨日荷車を挽《ひ》いた諸君が、今日も来て井戸を浚《さら》えてくれた。家主の彼は、半紙二帖、貰物《もらいもの》の干物少々持って、近所四五軒に挨拶に廻《まわ》った。其翌日は、石山氏の息子の案内で、一昨、昨両日骨折ってくれられた諸君の家を歴訪して、心ばかりの礼を述べた。臼田君の家は下祖師ヶ谷で、小学校に遠からず、両《りょう》角田君《つのだくん》は大分離れて上祖師ヶ谷に二軒隣り合い、石山氏の家と彼自身の家《うち》は粕谷にあった。何れも千歳村の内ながら、水の流るゝ田圃《たんぼ》に下《お》りたり、富士大山から甲武連山《こうぶれんざん》を色々に見る原に上ったり、霜解《しもどけ》の
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