ん》の木まで、駄々を捏《こ》ねて車に積んでもろうた。宰領《さいりょう》には、原宿住居の間よく仕事に来た善良《ぜんりょう》な小男の三吉と云うのを頼んだ。
加勢に来た青年と、昨日粕谷に掃除に往った娘とは、おの/\告別して出て往った。暫く逗留して居た先の女中も、大きな風呂敷包を負って出て往った。隣に住む家主は、病院で重態であった。其|細君《さいくん》は自宅から病院へ往ったり来たりして居た。甚だ心ないわざながら、彼等は細君に別《わかれ》を告げねばならなかった。別を告げて、門を出て見ると、門には早や貸家札《かしやふだ》が張られてあった。
彼等夫妻は、当分加勢に来てくれると云う女中を連れ、手々に手廻《てまわ》りのものや、ランプを持って、新宿まで電車、それから初めて調布行きの馬車に乗って、甲州街道を一時間余ガタくり、馭者《ぎょしゃ》に教えてもらって、上高井戸《かみたかいど》の山谷《さんや》で下りた。
粕谷田圃に出る頃、大きな夕日《ゆうひ》が富士の方に入りかゝって、武蔵野一円|金色《こんじき》の光明を浴《あ》びた。都落ちの一行三人は、長い影《かげ》を曳《ひ》いて新しい住家《すみか》の方へ田圃を歩
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