った。やゝ陰気な、然し情愛の深い娘だった。墓守の家に東京から女の子が遊びに来ると、「久《ひい》ちゃん」「お安さん」とよく一緒に遊んだものだ。彼女も連れて玉川に遊びに往ったら、玉川電車で帰る東京の娘を見送って「別れるのはつらい」と黯然《あんぜん》として云った。彼女は妙に不幸な子であった。ある時村の小学校の運動会で饌立《ぜんだて》競走《きょうそう》で一着になり、名を呼ばれて褒美《ほうび》を貰ったあとで、饌立の法が違って居ると女教員から苦情が出て、あらためて呼び出され、褒美を取り戻された。姉が嫁したので、小学校も高等を終えずに下り、母の手助《てだすけ》をした。間もなく彼女は肺が弱くなった。成る可く家の厄介になるまいと、医者にも見せず、熟蚕《しき》を拾ったり繭を掻いたり自身働いて溜めた巾着の銭で、売薬を買ったりして飲んだ。
去る三月の事、ある午後墓守一家が門前にぶらついて居ると、墓地の方から娘が来る。彼女であった。「あゝお安さん」と声をかけつゝ、顔を見て喫驚《びっくり》した。其処の墓地の石の下から出て来たかと思わるゝ様な凄《すご》い黯《くら》い顔をして居る。「あゝ気分が悪いのですね、早く帰っ
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