て居た。二三日すると、其父なる人が眼に涙を浮めて、牛乳屋が来たら最早|牛乳《ちち》は不用《いらん》と云うてくれと頼みに来た。亡くなったのである。此辺では、墓守の家か、博徒の親分か、重病人でなければ牛乳など飲む者は無い。火傷した女児は、瀕死の怪我で貴い牛乳を飲まされたのである。父なる人は神酒《みき》に酔うて、赤い顔をして頭を掉《ふ》る癖《くせ》がある人である。妙に不幸な家で、先にも五六歳の女児が行方不明で大騒《おおさわ》ぎをした後、品川堀から死骸になって上ったことがある。火傷した女児の低いうめき声と、其父の涙に霑《うる》んだ眼は、いつまでも耳に目にくっついて居る。
牛乳と云えば、墓守の家から其家へとしばらく廻って居た配達が、最早其方へは往かなくなった。牛乳をのんで居た娘は、五月の初に亡くなったのである。墓守夫婦が村の人になった時、彼女は十一であった。体《からだ》を二ツ折にしてガックリお辞儀するしゃくんだ顔の娘を、墓守夫婦は何時となく可愛がった。九人の兄弟姉妹の真中《まんなか》で、あまり可愛がられる方ではなかった。可愛がられる其妹は、姉の事を云って、「おやすさんな叱られるクセがある」と云
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