の一列から直ぐ麦畑《むぎばたけ》になって、家の後は小杉林から三角形の櫟林《くぬぎばやし》になって居る。地面は石山氏外一人の所有で、家は隣字《となりあざ》の大工の有であった。其大工の妾《めかけ》とやらが子供と棲んで居た。此れで我慢するかな、彼は斯く思いつゝ帰った。
 石山氏はます/\乗地になって頻に所決を促す。江州からはたよりが無い。財布は日に/\軽くなる。彼は到頭粕谷の地所にきめて、手金を渡した。
 手金を渡すと、今度は彼があせり出した。万障《ばんしょう》一排《いっぱい》して二月二十七日を都落《みやこおち》の日と定め、其前日二十六日に、彼等夫婦は若い娘を二人連れ、草箒《くさぼうき》と雑巾《ぞうきん》とバケツを持って、東京から掃除《そうじ》に往った。案外道が遠かったので、娘等は大分弱った。雲雀《ひばり》の歌が纔《わずか》に一同の心を慰めた。
 来て見ると、前日中に明け渡す約束なのに、先住《せんじゅう》の人々はまだ仕舞《しま》いかねて、最後の荷車に物を積んで居た。以前石山君の壮士《そうし》をしたと云う家主《やぬし》の大工とも挨拶《あいさつ》を交換した。其妾と云う髪《かみ》を乱《みだ》した女
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