、折角食ってくれ玉えと。美的百姓は憚りながらビーチアル[#「ビーチアル」に傍線]先生よりも上手だ。然し何事にも不熱心の彼には、到底|那須野《なすの》に稗《ひえ》を作った乃木さん程の上手な百姓は出来ぬ。川柳氏歌うて曰く、釣れますか、などと文王|傍《そば》へ寄り、と。美的百姓先生の百姓も、太公望の釣位なものだ。太公望は文王を釣り出した。美的百姓は趣味を掘り出さんとして手に豆をこさえる。
 百姓として彼は終に落第である。彼は三升の蕎麦《そば》を蒔《ま》いて、二升の蕎麦を穫《え》たことがある。彼が蒔く種子は、不思議に地に入って雪の如く消えて了う。彼が作る菜《な》は多く苦《にが》い。彼が水瓜は九月彼岸前にならなければ食われない。彼が大根は二股三股はまだしも、正月の注連飾《しめかざり》の様に螺旋状《らせんじょう》にひねくれ絡《から》み合うたのや、章魚《たこ》の様な不思議なものを造る。彼の文章は格に入らぬが、彼の作る大根は往々芸術の三昧に入って居る。
 彼は仕事着にはだし足袋、戦争《いくさ》にでも行く様な意気込みで、甲斐々々しく畑に出る。少し働いて、大に汗を流す。鍬柄《くわづか》ついて畑の中に突立《
前へ 次へ
全684ページ中307ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング