鳴《どな》ったりしたものだ。園芸を好んだので、糞尿《ふんにょう》を格別忌むでも賤《いやし》むでもなかったが、不浄取りの人達を糞尿をとってもらう以外没交渉の輩《やから》として居た。来て其人達の中に住めば、此処《ここ》も嬉《うれ》し哀《かな》しい人生である。息子を兵役にとられ、五十越した与右衛門さんが、甲州街道を汗水|滴《た》らして肥車を挽くのを見ると、仮令《たとい》其れが名高い吾儘者の与右衛門さんでも、心から気の毒にならずには居られぬ。而《そう》して此頃では、むッといきれの立つ堆肥《たいひ》の小山や、肥溜《こえだめ》一ぱいに堆《うずたか》く膨《ふく》れ上る青黒い下肥を見ると、彼は其処に千町田《ちまちだ》の垂穂《たりほ》を眺むる心地して、快然と豊かな気もちになるのである。
下
「新宿のねェよ、女郎屋《じょうろうや》でさァ、女郎屋に掃除《そうじ》を取りに行く時ねェよ、饂飩粉《うどんこ》なんか持ってってやると、そりゃ喜ぶよ」
辰爺さんは斯《こ》う云うた。
同じ糞《くそ》でも、病院の糞だの、女郎屋の糞だのと云うと、余計に汚ない様に思う。
不潔を扱うと、不潔が次第に不潔でな
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