くなる。葛西《かさい》の肥料屋《こやしや》では、肥桶《こえおけ》にぐっと腕《うで》を突込み、べたりと糞のつくとつかぬで下肥《しもごえ》の濃薄《こいうすい》従って良否を験するそうだ。此辺でも、基肥《もとごえ》を置く時は、下肥を堆肥に交ぜてぐちゃ/\したやつを盛《も》った肥桶を頸《くび》からつるし、後ざまに畝《うね》を歩みつゝ、一足毎に片手に掴《つか》み出してはやり、掴み出してはやりする。或は更に稀薄《きはく》にしたのを、剥椀《はげわん》で抄《すく》うてはざぶり/\水田にくれる。時々は眼鼻に糞汁《ふんじゅう》がかゝる。
「あっ、糞が眼《め》ン中《なけ》へ入《はい》っちゃった」と若いのが云う。
「其れが本当の眼糞《めくそ》だァ」爺《おやじ》は平然たるものだ。
平然たる爺が、ある時三四歳の男の子を連れて遊びに来た。誰のかと云えば、お春のだと云う。お春さんは爺さんの娘分《むすめぶん》になって居る若い女だ。
「お春が拾って来たんでさァ」と爺《じい》さんがにや/\笑いながら曰うた。
「拾って来た? 何処《どこ》で?」
野暮《やぼ》先生正に何処かで捨子を拾って来たのだと思うた。爺は唯にや/\笑って
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