いたずら》に蛇を投げかけようとした者を已に打果《うちはた》すとて刀《かたな》の柄に手をかけた程蛇嫌いの士が、後法師になって、蛇の巣《す》と云わるゝ竹生島《ちくふじま》に庵《いおり》を結び、蛇の中で修行した話は、西鶴《さいかく》の物語で読んだ。東京の某耶蘇教会で賢婦人の名があった某女史は、眼が悪い時落ちた襷《たすき》と間違《まちが》えて何より嫌いな蛇を握《にぎ》り、其れから信仰に進んだと伝えられる。糞尿《ふんにょう》にも道あり、蛇も菩提《ぼだい》に導く善智識であらねばならぬ。
「世の中に這入《はいり》かねてや蛇の穴」とは古人の句。醜《みにく》い姿忌み嫌わるゝ悲しさに、大びらに明るい世には出られず、常に人目を避けて陰地《いんち》にのたくり、弱きを窘《いじ》めて冷たく、執念深く、笑うこともなく世を過す蛇を思えば、彼は蛇を嫌う権理がないばかりではなく、蛇は恐らく虫に化《な》って居る彼自身ではあるまいか。己《わ》が醜《みに》くさを見せらるゝ為に、彼は蛇を忌み嫌い而して恐るゝのであるまいか。
生命は共通である。生存は相殺《そうさつ》である。自然は偏倚《へんい》を容《ゆる》さぬ。愛憎《あいぞう》は
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