ょくび》豊頬《ほうきょう》ゆったりとした柔和《にゅうわ》の相好《そうごう》、少しも近代生活の齷齪《あくせく》したさまがなく、大分ふるいものと見えて日苔《ひごけ》が真白について居る。惜しいことには、鼻の一部と唇の一部にホンの少しばかり欠《か》けがあるが、情《なさけ》の中に何処か可笑味《おかしみ》を添えて、却て趣をなすと云わば云われる。台石の横側に、○永四歳(丁亥)十月二日と彫ってある。最初|一瞥《いちべつ》して寛永と見たが、見直すと寿永《じゅえい》に見えた。寿永では古い、平家没落の頃だ。寿永だ、寿永だ、寿永にして措け、と寿永で納まって居ると、ある時|好古癖《こうこへき》の甥が来て寿永じゃありません宝永ですと云うた。云われて見ると成程宝永だ。暦を繰ると、干支《えと》も合って居る。そこで地蔵様の年齢《とし》も五百年あまり若くなった。地蔵様は若くなって嬉しいとも云わず、古さが減っていやとも云わず、ゆったりした頬《ほお》に愛嬌を湛えて、気永に合掌してござる。宝永四年と云えば、富士が大暴れに暴れて、宝永山《ほうえいざん》が一夜に富士の横腹を蹴破って跳《おど》り出た年である。富士から八王子在の高尾ま
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