とせむら》であろ、まだかまだかとしば/\会う人毎に聞いたが、中々村へは来なかった。妻は靴に足をくわれて歩行に難《なや》む。農家に入って草履を求めたが、無いと云う。漸《ようや》く小さな流れに出た。流れに沿《そ》うて、腰硝子の障子など立てた瀟洒《しょうしゃ》とした草葺《くさぶき》の小家がある。ドウダンが美しく紅葉して居る。此処《ここ》は最早千歳村で、彼風流な草葺は村役場の書記をして居る人の家であった。彼様な家を、と彼等は思った。
 会堂《かいどう》がありますか、耶蘇教信者がありますか、とある家《うち》に寄ってきいたら、洗濯して居たかみさんが隣のかみさんと顔見合わして、「粕谷だね」と云った。粕谷さんの宅は何方《どちら》と云うたら、かみさんはふッと噴《ふ》き出して、「粕谷た人の名でねェだよ、粕谷って処だよ」と笑って、粕谷の石山と云う人が耶蘇教信者だと教えてくれた。
 尋ね/\て到頭会堂に来た。其は玉川の近くでも何でもなく、見晴《みはら》しも何も無い桑畑の中にある小さな板葺のそれでも田舎には珍らしい白壁の建物であった。病人か狂人かと思われる様な蒼い顔をした眼のぎょろりとした五十余の婦《おんな》が
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