朝、秋霧《あきぎり》の夕、此杉の森の梢《こずえ》がミレージの様に靄《もや》から浮いて出たり、棚引く煙を紗《しゃ》の帯の如く纏《まと》うて見たり、しぶく小雨に見る/\淡墨《うすずみ》の画になったり、梅雨には梟《ふくろう》の宿、晴れた夏には真先に蜩《ひぐらし》の家になったり、雪霽《ゆきばれ》には青空に劃然《くっきり》と聳《そび》ゆる玉樹の高い梢に百点千点黒い鴉《からす》をとまらして見たり、秋の入日の空《そら》樺色に※[#「日+熏」、第3水準1−85−42]《くん》ずる夕は、濃紺《のうこん》濃紫《のうし》の神秘な色を湛《たた》えて梢を距《さ》る五尺の空に唯一つ明星を煌《きら》めかしたり、彼の杉の森は彼に尽きざる趣味を与えてくれる。

       三

 彼の家の下なる浅い横長の谷は、畑が重《おも》で、田は少しであるが、此入江から本田圃に出ると、長江の流るゝ様に田が田に連なって居る。まだ北風の寒い頃、子を負った跣足《はだし》の女の子が、小目籠《めかい》と庖刀を持って、芹《せり》、嫁菜《よめな》、薺《なずな》、野蒜《のびる》、蓬《よもぎ》、蒲公英《たんぽぽ》なぞ摘みに来る。紫雲英《れんげそう》
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