から十丁程南に入って、北多摩郡中では最も東京に近い千歳村字|粕谷《かすや》の南耕地《みなみこうち》と云って、昔は追剥《おいはぎ》が出たの、大蛇が出て婆《ばば》が腰をぬかしたのと伝説がある徳川の御林《おはやし》を、明治近くに拓《ひら》いたものである。林を拓いて出来た新開地だけに、いずれも古くて三十年二十年前|株《かぶ》を分けてもらった新家の部落で、粕谷中でも一番新しく、且人家が殊《こと》に疎《まばら》な方面である。就中《なかんずく》彼の家は此新部落の最南端に一つ飛び離れて、直ぐ東隣は墓地、生きた隣は背戸《せど》の方へ唯一軒、加之《しかも》小一丁からある。田圃《たんぼ》向うの丘の上を通る青山街道から見下ろす位の低い丘だが、此方から云えば丘の南端に彼の家はあって、東一帯は八幡の森、雑木林、墓地の木立に塞《ふさ》がれて見えぬが、南と西とは展望に障るものなく、小さなパノラマの様な景色が四時朝夕眺められる。

       二

 三鷹村《みたかむら》の方から千歳村を経《へ》て世田ヶ谷の方に流るゝ大田圃の一の小さな枝《えだ》が、入江《いりえ》の如く彼が家の下を東から西へ入り込んで居る。其西の行きど
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