は斯様《こん》なはき/\した成績《せいせき》を見なければ、だらけてしまう。夏は自然の「ヤンキーズム」だ。而《そう》して此夏が年が年中で、正月元日浴衣がけで新年御芽出度も困りものだが、此処《ここ》らの夏はぐず/\するとさっさと過ぎてしまう位なので、却ってよいのである。

       四

 夏の命《いのち》は水だが、川らしい川に遠く、海に尚遠い斯《この》野の村では、水の楽《たのしみ》が思う様にとれぬ。
 昨年《さくねん》の夏、彼は大きな甕《かめ》を買った。径《わたり》三尺、深さは唯《たった》一尺五寸の平たい甕である。これを庭の芝生の端《はし》に据えて、毎朝水晶の様な井《いど》の水を盈《み》たして置く。大抵大きなバケツ八はいで溢《あふ》るゝ程になる。水気の少い野の住居は、一甕《ひとかめ》の水も琵琶《びわ》洞庭《どうてい》である。太平洋大西洋である。書斎《しょさい》から見ると、甕の水に青空が落ちて、其処に水中の天がある。時々は白雲《しらくも》が浮く。空を飛ぶ五位鷺《ごいさぎ》の影も過《よ》ぎる。風が吹くと漣《さざなみ》が立つ。風がなければ琅※[#「王+干」、第3水準1−87−83]《ろうか
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