《きょうたん》屑々乎《せつせつこ》たる小人の彼は、身をめぐる自然の豪快を仮って、纔《わずか》に自家の気焔を吐くことが出来る。排外的に立籠めた戸障子を思いきり取り払う。小面倒な着物なンか脱いでしもうて、毛深い体丸出しの赤裸々黒条々をきめ込む。大抵の客には裸体若くは半裸体で応接する。一夏過ぎると、背も腹も手足も、海辺に一月も過した様に真黒になる。臆病者も頗英雄になった気もちだ。夏の快味は裸の快味だ。裸の快味は懺悔《ざんげ》の快味だ。さらけ出した体《からだ》の土用干《どようぼし》、霊魂《れいこん》の煤掃《すすは》き、あとの清々《すがすが》しさは何とも云えぬ。起きぬけに木の下で冷たい水蜜桃をもいでがぶりと喰いついたり、朝露に冷え切った水瓜《すいか》を畑で拳固《げんこ》で破《わ》って食うたり、自然の子が自然に還る快味は言葉に尽せぬ。
彼が家では、夏の夕飯《ゆうめし》をよく芝生でやる。椅子テーブルのこともあり、蓆《むしろ》を敷いて低い食卓の事もある。金を爍《とら》かす日影椎の梢に残り、芝生はすでに蔭に入り、蜩《ひぐらし》の声何処からともなく流れて来ると、成人《おとな》も子供も嬉々《きき》として青
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