けい》の大きな舶来《はくらい》唐墨《とうぼく》があったので、快《こころよ》く用立てた。今夜見れば墨痕《ぼくこん》美わしく「彰忠《しょうちゅう》」の二字に化《な》って居る。
拝殿には、村の幹部が、其ある者は紋付羽織など引かけて、他村から来る者に挨拶したり、机に向って奉納寄進のビラを書いたりして居る。「さあ此方《こち》へ」と招かれる。ビラを書いてくれと云う。例の悪筆を申立てゝ逃げる。
拝殿から見下ろすと、驚く可し、東向きのだら/\坂になって居た八幡の境内《けいだい》が、何時の間にか歌舞伎座か音楽学校の演奏室の様な次第高の立派な観劇場になり済ました。坂の中段もとに平生《ふだん》並んで居る左右二頭の唐獅子《からじし》は何処へか担《かつ》ぎ去られ、其あとには中々馬鹿にはならぬ舞台花道が出来て居る。桟敷《さじき》も左右にかいてある。拝殿下《はいでんした》から舞台下までは、次第下りに一面|莚《むしろ》を敷きつめ、村はもとより他村の老若男女彼此四五百人も、ぎっしり詰まって、煙草を喫《す》ったり、話したり、笑ったり、晴れと着飾った銀杏返《いちょうがえ》しの娘が、立って見たり座《すわ》ったり、桟敷から
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