斯く打吟《うちぎん》じつゝ西の方を見た。高尾、小仏や甲斐の諸山は、一風呂浴びて、濃淡の碧《みどり》鮮《あざ》やかに、富士も一筋《ひとすじ》白い竪縞《たてじま》の入った浅葱《あさぎ》の浴衣を着て、すがすがしく笑《え》んで居る。
「キリン、キリンキリン!」
蜩《ひぐらし》がまた一声鳴いた。
隣家《となり》の主人が女児《こども》を負って畑廻わりをして居る。
「好いおしめりでございました」
と云う挨拶を透垣越《すいがきご》しに取りかわす。
二時間ばかりすると、明日《あす》は「おしめり正月」との言いつぎが来た。
詩篇《しへん》を出して、大声に第六十五篇を朗詠《ろうえい》する。
[#ここから2字下げ]
『爾《なんぢ》地にのぞみて水そゝぎ、大に之をゆたかにし玉へり。神の川に水満ちたり。爾《なんぢ》かくそなへをなして、穀物《たなつもの》をかれらにあたへたまへり。爾《なんぢ》※[#「田+犬」、第4水準2−81−26]《たみぞ》を大にうるほし、畝《うね》をたひらにし、白雨《むらさめ》にてこれをやはらかにし、その萌《も》え出づるを祝し、また恩恵《めぐみ》をもて年の冕弁《かんむり》としたまへり。爾《な
前へ
次へ
全684ページ中238ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング