水《じんすい》だ喃《なあ》」と嘆じた。趣味を先ず第一に見る其子の為にも不仁の水とは云われない。此水あるが為に田圃がある。春は紫雲英《れんげそう》の花氈《はなむしろ》を敷く。淋しい村を賑《にぎ》わして蛙《かわず》が鳴く。朝露白い青田の涼しさも、黄なる日の光を震わして蝗《いなご》飛ぶ秋の田の豊けさに伴うさま/″\の趣も、此水の賜ものである。こゝにこの水流るゝがために、水を好む野茨《のばら》も心地《ここち》よく其の涯《ほとり》に茂って、麦が熟《う》れる頃は枝も撓《たわ》に芳《かんば》しい白い花を被《かぶ》る。薄紫の嫁菜《よめな》の花や、薄紅の犬蓼《いぬたで》や、いろ/\の秋の草花も美しい。鮒《ふな》や鰌《どじょう》を子供が捕る。水底《みなそこ》に影を曳《ひ》いて、メダカが游《およ》ぐ。ドブンと音して蛙が飛び込む。稀《まれ》にはしなやかな小さな十六盤橋《そろばんばし》を見せて、二尺五寸の蛇が渡る。田に入るとて水を堰《せ》く頃は、高八寸のナイヤガラが出来て、蛙の声にまぎらわしい音を立てる。玉川に行くかわりに子供はこゝで浴びる。「蘆の芽や田に入る水も隅田川」然《そう》だ。彼の村を流るゝ田川も、やは
前へ 次へ
全684ページ中228ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング