た。一人子でも、兵役に出すは国家に対する義務ですからと、毎《つね》に云うて居た。若主人の留守中、彼の手助けは若い作男であった。故人は其作代が甲斐々々しく骨身を惜まず働く事を人毎《ひとごと》に誉《ほ》めて居た。
 時が大分移った。酔った辰爺さんは煙管と莨入《たばこいれ》を両手に提げながら、小さな体をやおら起して、相撲が四股《しこ》を踏む様に前を明けはたげ、「のら番は何しとるだんべ。のら番を呼んで来《こ》う」と怒鳴った。
「野良番を呼んで来う。のら番は何しとるだンべ。酔っぱらって寝てしまったンべ」と辰爺さんは重ねて怒鳴った。
「何《なあに》、銀平さんに文ちゃんだから、酔っぱらってなンか居るもンか。最早《もう》来る時分だ」仁左衛門さんが宥《なだ》める。
「いや野ら番ばかりァ酒が無えじゃやりきれねえナ。彼《あの》臭《にお》いがな」と誰やらが云う。
「来た、来た、噂をすりゃ影だ、野ら番が来た」
 墓掘番《はかほりばん》の四人が打連れて来た。
「御苦労様でしたよ」皆が挨拶する。
「棺が重いぞ。四人じゃ全くやりきれねえや。八人|舁《か》きだもの」と云う声がする。
 勘爺さんが頷《うなず》いた。「然だ
前へ 次へ
全684ページ中218ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング