ら》にあるだよ、それ其処をそう往ってもえゝ、彼方《あっち》へ廻ってもいかれるだ」辰爺さんが顋《あご》でしゃくる。
美的百姓は木臼《きうす》に腰かけたまゝ、所在《しょざい》なさに手近にある大麦の穂を摘んでは、掌で籾《もみ》を摺《す》って噛《かじ》って居る。不図気がつくと、納屋の檐下《のきした》には、小麦も大麦も刈入れた束《たば》のまゝまだ扱《こ》きもせずに入れてある。他所《よそ》では最早|棒打《ぼううち》も済んだ家もある。此家の主人の病気が、如何に此家の機関を停止して居たかが分《わ》かる。美的百姓も、黯《くら》い気分になった。此家の若主人に妻君《かみさん》があったか如何《どう》か、と辰爺さんに尋ねて見た。
「まだ何もありませんや。ソラ、去年の暮に帰《けえ》って来たばかりだからね」
然《そう》だ。若主人は二年の兵役にとられて、去年の十二月初やっと帰って来たのであった。一人息子だったので、彼を兵役に出したあと、五十を越した主人は分外に働かねばならなかった。彼の心臓病《しんぞうびょう》は或は此無理の労働の結果であったかも知れぬ。尤も随分酒は飲んで居た。故人は村の兵事係《へいじがかり》であっ
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