カンと云う鉄の響が、近来警鐘の如く儂の耳に轟く。此は早晩儂を此《この》巣《す》から追い立てる退去令の先触《さきぶれ》ではあるまいか。愈電車でも開通した暁、儂は果して此処に踏止《ふみと》まるか、寧東京に帰るか、或は更に文明を逃げて山に入るか。今日に於ては儂自ら解き得ぬ疑問である。
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大正元年十二月二十九日
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[#地から6字上げ]都も鄙《ひな》も押《おし》なべて白妙《しろたえ》を被《き》る風雪の夕
[#地から7字上げ]武蔵野粕谷の里にて
[#地から3字上げ]徳冨健次郎
[#改丁]
都落ちの手帳から
千歳村
一
明治三十九年の十一月中旬、彼等夫妻は住家《すみか》を探すべく東京から玉川《たまがわ》の方へ出かけた。
彼は其年の春千八百何年前に死んだ耶蘇《やそ》の旧跡と、まだ生きて居たトルストイの村居《そんきょ》にぶらりと順礼に出かけて、其八月にぶらりと帰って来た。帰って何を為《す》るのか分からぬが、兎《と》に角《かく》田舎住居をしようと思って帰って来た。先輩の牧師に其事を話したら、玉川の附近に教会の伝道地
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