の》まれて餅を搗く家や、小使取りに餅舂《もちつ》きに東京に出る若者はあっても、村其ものには何処《どこ》に師走《しわす》の忙《せわ》しさも無い。二十五日、二十八日、晦日《みそか》、大晦日、都の年の瀬は日一日と断崖《だんがい》に近づいて行く。三里東の東京には、二百万の人の海、嘸《さぞ》さま/″\の波も立とう。日頃《ひごろ》眺むる東京の煙も、此四五日は大息《おおいき》吐息《といき》の息巻荒く※[#「風+昜」、第3水準1−94−7]《あが》る様に見える。然し此処《ここ》は田舎である。都の師走《しわす》は、田舎の霜月《しもつき》。冬枯《ふゆがれ》の寂しい武蔵野は、復活の春を約して、麦が今二寸に伸びて居る。気に入りの息子を月の初に兵隊にとられて、寂しい心の辰《たつ》爺《じい》さんは、冬至が過ぎれば日が畳の目一つずつ永くなる、冬のあとには春が来る、と云う信仰の下に、時々|竹箆《たけべら》で鍬の刃につく土を落しつゝ、悠々《ゆうゆう》と二寸になった麦のサクを切って居る。
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媒妁
結婚の媒妁《なかだち》を頼まれた。式は宜い様にやってくれとの事である。新郎《しんろう》とは昨今の
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