堕落か成功か、其様《そん》な屑々《けち》な評価は如何でも構わぬ。儂は告白する、儂は自然がヨリ好きだが、人間が嫌《いや》ではない。儂はヨリ多く田舎を好むが、都会《とかい》を捨《す》てることは出来ぬ。儂は一切が好きである。儂が住居《すまい》は武蔵野の一隅にある。平生読んだり書いたりする廊下の窓からは甲斐《かい》東部の山脈が正面に見える。三年前建てた書院からは、東京の煙が望まれる。一方に山の雪を望み、一方に都の煙を眺むる儂の住居は、即ち都の味と田舎の趣とを両手に握らんとする儂の立場《たちば》と慾望を示して居るとも云える。斯慾望が何処まで衝突なく遂《と》げ得らるゝかは、疑問である。此両趣味の結婚は何ものを生《う》み出したか、若くは生み出すか、其れも疑問である。唯儂一個人としては、六年の田舎住居《いなかずまい》の後、いさゝか獲《え》たものは、土に対する執着の意味をやゝ解《かい》しはじめた事である。儂は他郷から此村に入って、唯六年を過ごしたに過ぎないが、それでも吾《わ》が樹木《じゅもく》を植え、吾が種を蒔《ま》き、我が家を建て、吾が汗を滴《た》らし、吾《わが》不浄《ふじょう》を培《つちか》い、而
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