出に、一度は近郷《きんごう》近在《きんざい》の衆を呼んで、ピン/\した鯛の刺身煮附に、雪《ゆき》の様《よう》な米の飯《めし》で腹が割ける程馳走をして見たいものだ。実際此処では魚《さかな》と云えば已に馳走で、鮮否は大した問題では無い。近所の子供などが時々真赤な顔をして居る。酒を飲まされたのでは無い。ふるい鯖《さば》や鮪に酔《よ》うたのである。此頃は、儂の健啖《けんたん》も大に減った。而して平素菜食の結果、稀《まれ》に東京で西洋料理なぞ食っても、甘《うま》いには甘いが、思う半分も喰《く》えぬ。最早儂の腸胃も杢兵衛式《もくべえしき》になった。
五
書《ほん》が沢山《たくさん》ある家《うち》、学を読む家、植木が好きな家、もとは近在の人達が斯く儂の家の事を云うた。儂を最初村に手引した石山君は、村塾を起して儂に英語を教えさせ自身漢学を教え、斯くて千歳村《ちとせむら》を風靡する心算《つもり》であったらしい。然し其は石山君の失望であった。儂は何処までも自己本位の生活をした。ある学生は、あなたの故郷《こきょう》は此処《ここ》では無い、大きな樹木《じゅもく》を植えたり家を建てたりはよく
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