ょうじん》、云わば昔の我に対する三年の喪《も》をやったようなものだ。以前はダシにも昆布《こんぶ》を使った。今は魚鳥獣肉何でも食《く》う。猪肉や鯛は尤も好物だ。然し葷酒《くんしゅ》(酒はおまけ)山門《さんもん》に入るを許したばかりで、平素の食料《しょくりょう》は野菜、干物、豆腐位、来客か外出の場合でなければ滅多に肉食《にくじき》はせぬから、折角の還俗《げんぞく》も頗る甲斐《かい》がない訳である。甲州街道に肴屋《さかなや》はあるが、無論塩物干物ばかりで、都会《とかい》に溢るゝ※[#「魚+是」、第4水準2−93−60]《しこ》、秋刀魚《さんま》の廻《まわ》って来る時節でもなければ、肴屋の触れ声を聞く事は、殆ど無い。ある時、東京式に若者が二人|威勢《いせい》よく盤台を担《かつ》いで来たので、珍らしい事だと出て見ると、大きな盤台の中は鉛節《なまりぶし》が五六本に鮪《まぐろ》の切身が少々、それから此はと驚かされたのは血《ち》だらけの鯊《さめ》の頭だ。鯊の頭にはギョッとした。蒲鉾屋《かまぼこや》からでも買い出して来たのか。誰が買うのか。ダシにするのか。煮《に》て食うのか。儂は泣きたくなった。一生の思
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