履《ぞうり》草鞋《わらじ》作り。かみさんや娘は、油煙《ゆえん》立つランプの傍《はた》でぼろつぎ。兵隊に出て居る自家《うち》の兼公の噂も出よう。東京帰りに兄が見て来た都の嫁入《よめいり》車《ぐるま》の話もあろう。
 都では晴《はれ》の春着も夙《とう》に箪笥の中に入って、歌留多会の手疵《てきず》も痕《あと》になり、お座敷《ざしき》つゞきのあとに大妓《だいぎ》小妓のぐったりとして欠伸《あくび》を噛《か》む一月末が、村の師走《しわす》の煤掃《すすは》き、つゞいて餅搗《もちつ》きだ。寒餅《かんもち》はわるくならぬ。水に浸《ひた》して置いて、年中の茶受《ちゃうけ》、忙《せわ》しい時の飯代り、多い家では一石も二石も搗く。縁者《えんじゃ》親類加勢し合って、歌声《うたごえ》賑《にぎ》やかに、東でもぽったん、西でもどったん、深夜《しんや》の眠を驚かして、夜の十二時頃から夕方までも舂《つ》く。陽暦で正月を済《す》ましてとくに餅は食うてしもうた美的《びてき》百姓の家へ、にこ/\顔の糸ちゃん春ちゃんが朝飯前に牡丹餅《ぼたもち》を持て来てくれる。辰|爺《じい》さん家《とこ》のは大きくて他家《よそ》の三倍もあるが、
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