《つらま》えて、笊《ざる》で砂利を運ぶ手伝をさせ、五銭やったら、其れから来る毎に「仕事はありませんか」と云う。時々は甘えて煙草をくれと云う。此家《うち》では喫《の》まぬと云っても、忘れてはまた煙草をくれと云う。正直の仙さんは一剋《いっこく》で向張りが強く、智慧者《ちえしゃ》の安さんは狡獪《ずる》くて軟《やわらか》な皮をかぶって居た。
 夏は乞食の天国である。夏は我儕《われら》も家なンか厄介物を捨てゝしもうて、野に寝、山に寝、日本国中世界中乞食して廻《まわ》りたい気も起る。夏は乞食の天国である。唯|蚊《か》だけが疵《きず》だが、至る処の堂宮《どうみや》は寝室《ねま》、日蔭《ひかげ》の草は茵《しとね》、貯えれば腐るので家々の貰い物も自然に多い。ある時、安さんが田川《たがわ》の側に跪《ひざまず》いて居るのを見た。
「何をして居るのかね、安さん?」
 声《こえ》をかけると、安さんは寝惚《ねぼ》けた様な眼をあげて、
「エ、エ、洗濯をして」
と答えた。麦藁帽《むぎわらぼう》の洗濯をして居るのであった。処々の田川は彼の洗濯場で、また彼の浴槽であった。
 冬は惨《みじめ》だ。小屋かけ、木賃宿《きちんや
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