駄を片足、藁草履《わらぞうり》を片足、よく跛|曳《ひ》いてあるく。曾《かつ》て穿《は》きふるしの茶の運動靴《うんどうぐつ》をやったら、早速穿いて往ったが、十日たゝぬ内に最早《もう》跣足《はだし》で来た。
江戸の者らしい。何時《いつ》、如何な事情の下に乞食になったか、余程話を引出そうとしても、中々其手に乗らぬ。唯床屋をして居たと云う。剃刀《そり》の磨《と》ぐのでもありませんか、とある時云うた。主人の髯《ひげ》は六七年来放任主義であまりうるさくなると剪《はさみ》で苅《か》るばかりだし、主婦は嫁《か》して来て十八年来一度も顔を剃《す》ったことがないので、家には剃刀《かみそり》と云うものが無い。折角の安さんの親切も、無駄であった。然し剃刀《そり》があった処で、あの安さんの清潔《きれい》な手では全く恐れ入る。
いつも門口《かどぐち》に来ると、杖のさきでぱっ/\と塵《ごみ》を掃く真似をする。其|響《おと》を聞いたばかりで、安さんと分《わか》った。「おゝそれながら……」と中音で拍子《ひょうし》をとって戸口に立つこともある。「春雨《はるさめ》にィ……」と小声で歌うて来ることもある。ある時来たのを捉
前へ
次へ
全684ページ中153ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング