諸事《しょじ》円滑《えんかつ》に運んで居るとやら、愚痴《ぐち》は最早言いますまい。唯先生を中心として起った悲劇に因《よ》り御一同の大小《だいしょう》浅深《せんしん》さま/″\に受けられた苦痛から最好きものゝ生れ出でんことを信じ、且|祷《いの》るのみであります。

       四

 勿論先生があなたを深く深く愛された事は、誰よりもあなたこそ御存じの筈《はず》。あなたを離れて出奔される時にも、先生はあなたを愛して居られた。否《いや》、深くあなたを愛さるればこそ先生は他人に出来ない事を苦痛を忍んで為《せ》られたのです。頗無理な言葉の様ですが、先生の家出の動機の重なる一が、あなたはじめ先生の愛さるゝ人達の済度《さいど》にあった事は決して疑はありません。人は石を玉と握ることもあれば、玉を石と抛《なげう》つ場合もあります。獅子は子を崖《がけ》から落します。我々の捨てるものは、往々我々にとって一番捨て難い宝《たから》なのです。先生にとって人の象《かたち》をとった一番の宝は、あなたでした。臨終の譫言《うわごと》にもあなたの名を呼ばれたのでも分かる。あなたは最後までも先生の恋人でした。あなたの為に先
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